天水圍的夜與霧(夜と霧)

《天水圍的夜與霧》任達華(サイモン・ヤム)、張静初(チャン・ジンチュウ)、羅慧娟(ジャクリーン・ロー)、覃恩美(エイミー・チャム)、張暘 
許鞍華(アン・ホイ):監督


天水圍で実際に起こった事件を元にした物語り(実際の事件が発生したのは2004年4月11日)。
四川から深圳に出て働いていた阿玲(張静初)は、歳の離れた香港人阿森(任達華)を知り結婚した。田舎では香港に嫁いで優雅な主婦をしていると思っているが、実際はまたく違っていた。知り合った当初は優しく、四川の家まで一緒に行き、家を補修したりしてくれた夫が、今は働かず夫婦と双子の娘は生活保護で生活している。阿森は日がな一日近くの川で魚釣り。阿玲は少しでも稼ごうと茶餐廳で働くが、阿森は若い妻が不貞をはたらくのではと気が気でない。何かにつけ暴力を振るう。ある日、阿玲が米をこぼしたことに怒り、殴ったうえに子供とともに家から追い出した。通りがかった隣の人が阿玲を連れ地区の委員に相談した。夜遅くなりようやく娘を連れて保護施設に入ることになった・・・。


何も起こらない前作《天水圍的日與夜》とは違って、いろいろなことが起こる。
最初はいい人だった阿森は、四川に行ってから徐々に性格が破綻していく。阿玲が妊娠している時に阿玲の妹にちょっかいは出すし、その妹を魔の手から救い出すべく深圳に行かせたあとは、末の妹に八つ当たりし、残忍になっていく。阿玲が天水圍にやってきてからは、さらにサディスティックになり、阿玲を痛めつける。彼女が保護施設に駆け込むと1日に何百回と携帯に電話をよこし、ソシャールワーカーの前では涙を流して妻に許しを請う。しかしひとたび家に帰ると妻を殴る。前妻との息子の話では母親は怖い人で、父を哀れに思っていたが、四川から帰ってからころりと変わったという。四川でこれまでの抑圧が一気に解き放たれ、箍がはずれてしまったのかもしれない。ラスト少し前、川で魚を釣る阿森が怖い。「ブチ」っと何かが切れていた。


映画はまず事件が報道され、刑事が隣人と保護施設の友人に話しを聞くという形になっている。そこで浮かび上がってくるのは、さまざまな問題だ。香港人の男性と大陸の若い女性の夫婦(老夫少妻)の問題、DV問題、警察や地区の委員やソシャールワーカーの問題、生活保護の問題などだ。ソシャールワーカーがもっと阿玲の言葉に耳を傾けてくれたら、警察がもっとDV問題を重要視してくれていたら、悲劇は防げたのかもしれないし、ソシャールワーカーだけでは解決できないDVの問題には、精神科の医者の診察が必要だったのではなかったのか。劇中、同じ四川出身の小莉は、「大陸からやってきた人間には親身になってくれない。阿玲は広東語が上手くなく、情況をきちっと説明できなかった」と悔しがる。


任達華は杜琪峰(ジョニー・トー)組で見せる演技と違って、情けなくもありサディスティックな男を的確に演じていて、かなり怖い。張静初は台詞を吹き替える必要はなく、香港の女優ではたぶん表現できないリアリティがある。そして許鞍華はこのところどんどん上手くなっていて、観客に物語りを見せながら、事件が抱える問題も同時に語って行く。2009.5.15@新寶戲院


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