湖畔草

《湖畔草》嘉玲、南紅、謝賢 
楚原:監督 1959年 モノクロ


方敏慧(南紅)は自分は世界で最も幸せな娘だと思っている。マカオに住んでいて、父は大きな事業を営み、姉の方敏如(嘉玲)がいて、ボーイフレンドの家も香港の名家、先日プロポーズされたが、まだうんとは言っていない。ところが彼女の20歳の誕生日、姉の帰りが遅い。帰ってきた姉は何も言わず泣いて部屋にこもってしまった。姉は妊娠していたが、相手は妻のある身だとその時まで知らなかった。どうしていいか分からない姉に、妹は授かった命を殺すことは出来ないと、自分のボーイフレンドの香港の家に姉を預け、子供達の家庭教師をさせ、密かに出産させようと考えた。
香港の家に落ち着いた敏如は、ある日、崔仲明(謝賢)というパイロットと知り合う。出会って数日で敏如にプロポーズする仲明に、敏如はどう真実を打ち明けたらよいか逡巡する。思いきって真実を告げる敏如を、仲明は受け入れることが出来ず去って行った。ショックを受けた敏如は、その場に倒れてしまい、妹のボーイフレンドの家族にも妊娠のことが知れる。名声と名誉を重んじる家では、未婚の妊婦を置くことは出来ないと、マカオから妹を呼び出し、家から敏如を追い出す。妹は姉と家を借りて住む事に。しかし姉はショックで体調を崩していった。


楚原の初監督作品。タイトルロールから物語への導入が素晴らしい。舞台のような照明効果を使い、登場人物を紹介していき、本題へと入ってゆく。これは《黒玫瑰》などでも同じで、とても印象に残る画面で、観客の「つかみ」方が上手い。話は全編悲劇で、旧社会への反抗を「私生児」という題材を使って表しているが、最後は悲劇を通り越した先に希望を見せて終わる。
いや〜、謝霆鋒(ニコラス・ツェ)はホントに親父の謝賢(パトリック・ツェ)の若い時に似ているが、今日の発見としては、謝賢の若い時は貴乃花にも似ている(笑)。2006.2.4@香港電影資料館「玫瑰・蝴蝶・紅葉:楚原的秘密花園」


■□06年に見た映画一覧□■

「張活游から周星馳まで:楚原的電影」

相変わらずくくりがないので、ここに置いておく。
今日は楚原についての座談会「張活游から周星馳まで:楚原的電影」も開かれた。出席は何思頴(サム・ホー)と藍天雲(グレース・ン)。張活游は楚原の父だが、なぜここに周星馳チャウ・シンチー)の名があるかというと、楚原が監督として最後(1990年)に撮った映画の1つ《小偸阿星》に周星馳が出演しているから。最後に撮った作品は他に2作品あり、最後の粤劇片《李香君》と方中信(アレックス・フォン)、李子雄(レイ・チーホン)主演の《血在風上》(東京の家にVCDがあり、見たが中身は忘れている)。どれも散々な結果だったらしい。
ちなみに周潤發(チョウ・ユンファ)の《大丈夫日記》は1988年で、監督作品としては最後から4本目。《大丈夫日記》は、楚原に同名の作品(1964年、上下2集)があり、1964年版は妻が恐い男4人が、いかに妻の目を盗んでいかに女性と遊ぶかという内容で、彭浩翔(パン・ホーチョン)の《大丈夫》はタイトルばかりか、男4人(ですよね?)というところまで影響を受けている。
楚原の長い監督生活は、香港映画の歴史をそのまま体現している。こういう監督は大変珍しい。さらにヨーロッパ映画、特にイタリア・リアリズムからの影響、ヒッチコック、007などからも影響を受けている。またジェームズ・ディーンに代表される反抗する青年が登場する。実は西洋人にも楚原の作品が人気があるそうだ。
また古龍原作の古装片では、みかけは古装だが、登場人物の心理は現代劇と変わり無い。《紅花侠盗》は現代劇だが、すでに非常に古龍的で、古龍と出会う以前から(楚原は古装を撮るまで古龍を読んだことがなかったそうだ)楚原は古龍的であったため、古龍に出会って、いっそう楚原が花開いたといえる。
というような内容だった。なお、今回の楚原特集は彼の前半にスポットを当てており、今年8月ごろには後半にスポットを当てた特集を予定しているという。後半では、古龍の作品、周星馳の《小偸阿星》も上映したいと言う(《小偸阿星》には方中信も出ている)。8月が楽しみだ。