心中有鬼

《心中有鬼》黎明(レオン・ライ)、劉若英(レネ・リュウ)、范冰冰(ファン・ピンピン) 
滕華濤(タン・ファータオ):監督


君初(黎明)は曼麗(范冰冰)にプロポーズしようと指輪をポケットに入れて曼麗に会いに出かけた。自転車を走らす曼麗は、君初の目の前で車に跳ねられてしまう。それから1年後、初君は妻・三三(劉若英)を迎えているが、心はいつまでも曼麗の元にある。
広い屋敷にはまだ三三が開けたこともない部屋がある。ある日そんな部屋のひとつから人の声が聞こえる。不審に思った三三は、部屋を覗こうとするが鍵がかかっていた。乳母はこの部屋には若旦那様以外は入っていけないと話す。ある日、ひょんなことから部屋の鍵を手に入れた三三は、夫が出かけた後に、こっそりとその部屋に忍び込むと、ラジオから女性の声が聞こえてきた・・・・。


驚かそうとすると、なんと香港の観客は笑う。わざとらしいから。始まってすぐの事故もわざとらしいの極み。安いCGもしらける。ストーリーもいまいち、もっと面白くできそうな気がするのだが。それにカメラマンでフィルムを編集するというとても特殊な職業を黎明に与えておきながら、ちっともそれがストーリーに活かされていないのも、もったいない。しかし一番の問題は役者。黎明の役は、とりあえずほっておいて(笑)、問題は女優2人。范冰冰はたしかにとても整った顔で綺麗だが、それ以上のものを何も感じない。見ている側の想像力をかき立てない人。女優って不思議なものだけれど、少しいびつな方が魅力を感じるし、想像力をかき立てる。その点は、劉若英の方が断然女優としては面白い。劉若英は顔もたたずまいも、とても個性的で現代的な人だ。そして自らの思いが自分の中へ中へと入っていき、自分の中にいろいろなものを溜め込んで、外に出せない怒りやあきらめや自己嫌悪を抱えてしまう人。かなり役が限定される。《20 30 40》でも、古天樂との《生日快樂》でも、その彼女の個性がうまく生かされていたと思う。この映画の三三というのは、純粋に一途に黎明を愛するが故に幽霊と取り引きをしてしまう役。一見彼女にぴったりそうだが、なぜか違和感を感じるのは、取り引きしてしまった後の自分に対する怒り(嫌悪感)が足りないからだと思う。この映画、本当に恐ろしいのは幽霊の范冰冰ではなく、幽霊とも取り引きしてしまう劉若英なのだから、変な小細工で脅かす必要はない、彼女をきちっと主役にして、より詳細に描いていけばいいのだと思う。


絵柄もあまり怖くない。少し前の時代(外灘が出て来る)上海郊外の屋敷を舞台にしているが、家の造り、デコレーションなど、もっとどろどろしていてもいいのに、妙にすっきりした近代住宅になっている。家の回りをカラスだかコウモリだかが飛び回る図など、西洋映画のお化け屋敷的造形。かと思えば、洋風住宅、主人公は映画のカメラマンという近代的な設定なのに、幽霊退治には札をはったり、線香を上げたり、経文を書いたり(ここまで道経的)と前近代的もいいところ。そして独鈷杵が決めて(ここだけどうしてか密教法具)だったりする。十字架やニンニクで追い払って欲しいとは思わないが、どうもしっくりこない。プロデューサーが私とはまったく相性の悪い《雙瞳(ダブル・ビジョン)》の監督・陳國富(チェン・クォフー)というのも駄目な理由かもしれないが、西洋的なものと、東洋的なものが融合できない居心地の悪さを感じるばかり。
2007.5.18@GH旺角 


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