車票(追憶の切符)

張之亮(右)。左小青(ズオ・シャオチン)、呉奇隆(ニッキー・ウー)、葉童(セシリア・イップ/イップ・トン)、午馬(ウー・マ)、銭小豪(チン・シウホウ)、劉思彤、范偉 
張之亮(ジェイコブ・チャン):監督


北京のテレビ局に務める雨桐(左小青)は、先天的に心臓病を持った子供を妊娠し、出産しようとしている夫婦(劉思[丹彡]、銭小豪)を追いかけていた。彼女は、生まれて来る子供も両親も苦労することが分かっていながら、何故子供を生むのかを疑問に思っている。それは自らの出生に関わる問題だからだ。彼女は生まれてすぐに、雲南省の奥地の教会に捨てられ、シスター(葉童)に拾われ育てられていた。
母代わりのシスターが倒れたと聞き、やはり北京へ出て仕事をしている幼なじみの志軒(呉奇隆)とともに育った教会へ赴く。目をさましたシスターは彼女に、赤ん坊が包まれていた藍の布と2枚のチケットを見せる。このチケットこそが彼女の両親を探す唯一の手がかりだった。ほどなくしてシスターは亡くなり、雨桐は惑いながらも志軒とともに両親探しの旅に出て行く・・・。


物語は台湾の李家同の短編小説を元にして作られており、元の物語に心臓病の子供を妊娠した夫婦の話しと、自閉症の子供を持った親の話しを加えており、親が子を思う気持ち、愛情とは何なのかを問いかけていく。
張之亮が、「監督は(映画の中の親たちの行為を)批判したり同意したりするのではなく、観客に考える機会を与えているだけ」と話したように、雨桐の母が教会に子供捨てたことも、心臓病の子供を生もうとする夫婦にも、自閉症の子供を持つ親にも、映画は平等の視線を投げかける。さらに雨桐の心の変化も丁寧に追いかけてゆき、見る者は彼女が最終的には母を受け入れていく過程がよく分かるようになっている。無理矢理観客に涙を流させようともしていない。カメラも気を衒うことなく、すなおに物語を追いかけて行く。母を探す旅は、美しいが過酷な山間の生活をも浮き彫りにしていく。


映画の製作は香港の会社(驕陽電影)、監督は香港、原作は台湾、出演者は香港と大陸。この件を聞かれ張之亮は「香港映画は下り坂で出口はない。これからはアジアの映画となってくことで出口はある。香港映画にはこういった文芸作品はなかった。アジアの他地域、韓国や日本にはこういう文芸映画の市場が少しはあると思っている。香港の俳優を出演させているのは、なじみのある人の方が、観客は親しみを持ってくれるから」。またほとんどの俳優が吹き替えになっている点については、「香港の俳優たちもみな国語は話せるが、シリアスは場面なのに彼らが台詞を言うと観客から笑いが起こってしまう。非常に気まずい。あまりに標準的な普通話でも駄目なので、吹き替えている。香港の俳優だけでなく、左小青も実は吹き替えている」。
2008.10.16@Palace Ifc(香港亞洲電影節)


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